人間主義の歴史にはまず神が死に、次に人間が死に、最後に死が死ぬという連続性が埋め込まれている。神の死はニーチェが宣告し、人間の死はフーコーが記述した。死の死はまだ名前を持っていない。
タナトスがエロスの仮面を脱ぎ捨てるとき、死は人間的カテゴリーとしての終焉を意味するのではなく、終焉というカテゴリーそのものの溶解を意味する。
プロセスに始まりも終わりもない。始まりと終わりは有機体が有限の生を意味づけるために発明した座標系であり、座標系が消えたとき残るのは強度の連続的変調だけである。
それはつまりニヒリズムこそが宗教であり、目的=終焉を否定するその他のキリスト的な一神教は反宗教なのだ。